はじめに
どうする人文・社会科学系の文献管理
文献のPDFファイルや書誌情報の管理ほど面倒なことはない。
文献管理の手段としてまず挙げられるのが、MendeleyやEndNote、Zotero 、Paperpileといった文献管理ソフトの存在である。これらの有名ソフトの導入方法や使い方については既に情報がたくさんあるし、実際に研究に活用している研究者も多いようだ。
だが筆者の専攻である社会学 (ひいては人文・社会科学系一般)だと、そうした文献管理ソフトを実際に導入しているという院生・研究者に今まで出会ったことがない。
これは別に筆者の知り合いが少ないとかいう話ではない(多分) 。人文・社会科学の研究で扱われる文献の性質上、上述のような既存の文献管理ソフトを導入するメリットそのものが薄いのである。
というのも、従来の文献管理ソフトの大きな問題点として、「複数言語が混在する文献リストを正確に出力できない 」という弱点がある。
これは特に人文・社会科学系の研究者にとっては致命的な欠点になりかねない。というのも、(分野によるとはいえど)人文・社会科学系は同じ論文の中で複数の言語の文献を扱うことが多く、そして論文の投稿規定上、日本語の文献と外国語文献では文献リストの書き方が違ったりするのだ。
「社会学 評論スタイルガイド」の場合
以下、筆者の専攻分野である社会学 の場合を想定して話を進める。
既存のソフトウェアの多くは、基本的に英語(欧米語)圏での研究環境を想定して設計されているため、執筆言語によって書誌情報の記載が異なるような投稿規定に沿った文献リストの出力ができない。たとえば、「社会学評論スタイルガイド 」(第3版)の規定だと、次のような表記の区別が求められる。
欧文の場合
Broadbent, Jeffrey, 1998, Environmental Politics in Japan: Networks of Power and Protest , New York: Cambridge University Press .
邦文の場合
上記はどちらも単著の場合の表記法だが、欧文の場合はタイトルを斜体にし、出版社の所在地を記載する必要があるのに対し、邦文の場合はタイトルを二重鍵括弧で括る必要があり、また出版社の所在地を書く必要がない。要するにフォーマットが違う。
しかし、たいていの文献管理ソフトはそんな日本の事情を想定していない。たとえば仮に邦文用の表記でリストの出力を行うと、欧文の文献まで次のように出力されてしまう。
Broadbent・Jeffrey,1998,『Environmental Politics in Japan: Networks of Power and Protest』Cambridge University Press .
これでは後から手入力で正しい情報に修正する必要があり、煩雑きわまりない。
その他の問題点
問題はそれだけではない。細かい点を挙げ始めたらキリがないが、大きいものだと以下の2点。
「スタイルガイド」の規定では、文献リストは(邦文/欧文問わず)著者の苗字(ラストネーム)のアルファベット順に並べる必要がある 。だが言語の区別ができない既存の文献管理ソフトでは、「漢字で登録された日本人著者の苗字をアルファベットに置き換え、それを欧文著者と並列でアルファベット順に並べる」などという器用な芸当はできない。
翻訳書の書誌情報を登録・出力できない 。「スタイルガイド」では原著の書誌情報と邦訳書の書誌情報を下記のように併記する必要があるが、この特殊なフォーマットに対応したソフトがない(よって鍵括弧内を手動で書き加える必要がある)。
Fromm, Erich, 1941, Escape from Freedom , New York: Reinehart and Winston.(日高六郎 訳,1951,『自由からの逃走』東京創元社 .)
・・・などなど。
で、これらの問題をクリアする多言語対応の文献管理ソフトはないのかという話。
知られざる神ソフト「Juris-M」
本記事で紹介したいのは、知られざる文献管理ソフト「Juris-M 」の存在だ。
こいつを使えば、上述の問題は全部解決される。まさに人文・社会科学系の救世主である。
juris-m.github.io
Juris-Mとは
「Juris-M」は、多言語の扱いに対応していないZotero の「改良版」として、主に法律関係の研究と多言語を用いる研究を支援するための文献管理ソフトとして開発されたものだ。
Zotero をベースとしており、既存のZotero のシステムと簡単に連携できるのがメリットの一つ。Juris-Mでは既存のZotero アカウントにログイン&同期することができるので、既にライブラリが存在する場合それをそのまま使うことができる。
詳しくは公式の案内ページを参照。
juris-m.readthedocs.io
メリット
このソフトを使うメリットとしては以下の点が挙げられる。
無料。
多言語を扱う人文・社会科学系の研究環境に対応している。
(特に社会学 専攻の筆者にとっては、「社会学 評論スタイルガイド」にデフォルトで対応してくれているのが大変ありがたい。)
Zotero との互換性が極めて高い。そもそもZotero をベースとしてそこに新たな機能を加えたソフトなので、基本的な見た目や操作感はZotero と変わらない。
既にZotero を導入している場合のデータ引継ぎが容易。同期さえすればそれまでと全く同じように文献情報を管理できる。
要するに、〈Juris-M = Zotero + 多言語対応機能〉 という感じなので、従来のZotero が持っている機能は基本的に全部そのまま使える。移行も簡単なので、既にZotero を使っている人は是非試してみてほしいと思う。
デメリット
Juris-Mの導入や使用方法については以下で詳述していくが、しかしその前にデメリットの方も挙げておく必要があるだろう。本ソフトは間違いなく神ソフトといっていいが、一方で問題点も少なからずある。
この1‐2年程度、開発プロジェクトが中断している(2023年春現在)。
追記2023/4/16:先日、新たなバージョンに更新されました。
WordコネクタやChrome 拡張機能 の導入に結構手間がかかる 。Zotero 公式のものでは動かないため、非公式のものを新たに導入する必要アリ。
既にZotero をインストールしている場合、Zotero とJuris-Mは同時に開くことができない。
追記2023/5/26:アップデート後は同時に開くことができます。
とにかく情報がない。日本語で書かれたJuris-Mに関する情報は公式の紹介ページ のみ。導入方法や使用方法に関して日本語で読める記事はこれしか存在しない。
かといって英語の情報なら充実しているわけでもない。なんにせよマイナーなソフトであることには変わりない。
Juris-Mの導入によって可能になること
繰り返しになるが、Juris-Mは「Zotero のアップグレード版」という位置付けのソフトである。これはつまり、Zotero にできることは全てJuris-Mにもできるということだ。(そもそもZotero の機能についてよく知らないという方はWikipediaの解説 を参照されたい。)
Zotero が元々持っている機能を含め、筆者がこのソフトを使ってできていることは以下の通りである。
文献書誌情報のインポート&管理(Google Books、Amazon 等から)
論文PDFとメタデータ のインポート&管理(CiNii、Google Scholar 等から)
タグの作成
複数端末間での同期(筆者はWindows2台とiPad を使用)
PDFのファイル名の自動作成(事前に決めたルール通りにリネームしてくれる)
Wordへの引用・参考文献挿入プラグイン の導入
PDFファイルの(一括)文書内検索
「社会学 評論スタイルガイド」に準拠した引用註・文献リストの自動生成(多言語・翻訳書対応)
(最後のやつ以外全部Zotero でできるやつじゃないかとツッコまれそうだが、その最後のやつがあまりにもデカいのである。)
Juris-Mの導入方法
1.インストール
では実際に導入手順を見ていこう。
ソフトのダウンロードはこちらから。
juris-m.github.io
リンク先にアクセスしたら、「Jurism Client Installer (Windows )」をクリック。
赤丸の部分をクリック。
インストールできたら起動。
2.同期設定
諸々の同期設定の方法は基本的に本家Zotero のそれと同じである。既に情報が充実しているためここでは解説しないが、複数端末での同期をしたい方は次の作業が必要になるのでご準備を。
Zotero アカウントの登録
WebDAV を用いた同期設定
(PDFのクラウド 保存をしたい方は)GoogleDriveやOneDrive、DropBox 等のクラウド 保存設定*1
2.については以下を参照のこと。
qiita.com
3.については「Zotero GoogleDrive 同期」とかでググる といっぱい出てきます*2 。
3.ZotFileの導入・設定
解説省略(各自ググってください)
4.Juris-Mの言語設定
公式の案内ページに沿って言語設定を行う。(それにしても、日本語で案内ページ書いてくれてるのありがたすぎる……執筆・翻訳してくださった方に感謝です。)
juris-m.readthedocs.io
具体的には「多言語情報を保管するためのJurismの設定」の節を参照。
また、「日本語の論文における多言語引用」の節に邦訳書の書誌情報の入力方法が解説されているのでそちらも参照。
参考:「環境設定」の言語タブがこういう感じになればOK
更新2023/4/16:Chrome Storeから入手。
chrome.google.com
ここから若干煩雑。
ブラウザ(Google Chrome )からJuris-Mに論文の情報・データをインポートするためには拡張機能 が必要だ。だが、かつて配布されていた公式の拡張機能 は現在ウェブストアから削除されてしまっている。
公式サイトにリンクが残っているが、アクセスできない。
かつては赤丸のリンクからダウンロードできたようだ。現在は404。
削除されてしまった以上、公式のルートからはもう入手できないので、以下の怪しげなサイトにアクセス。
chrome-stats.com
以下、導入手順
「Download CRX fIle」をクリック。
アカウント作成を求められたら、適用な捨てアド で対応。
警告が表示されることがあるがダウンロードを続行(*自己責任でお願いします)。
ダウンロードできたら、Chrome の拡張機能 管理ページ(chrome ://extensions/)を開く。
「デベロッパ ーモード」をオンにする。
先ほどダウンロードしたファイルをドラッグ&ドロップ。
これでいけるはず。
試しにCiNiiなりGoogle Scholar なりで論文をインポートしてみて、うまくいったらOK*3 。
なお、Firefox の拡張機能 は現在も公式のものが入手できる ようだ。
6.(うまく動作しない場合)Wordコネクタの導入
以上の行程を経たら、一旦Word上でちゃんと動作するか確認してみてほしい(次節を参照)。もしそれで引用や文献リスト作成が問題なくできるなら、この作業は必要ない。ちなみに筆者はWindows10のPCとWindows11のPCを使っているのだが、前者では必要なかった。
筆者が使っているWin11の環境では、Wordコネクタも公式のものではちゃんと動かなかった。一応反応はするし引用はできるのだが、文献リストの作成ができないのである。これはJuris-M用のコネクタを追加で導入することで解決できる。
下記にアクセス。
github.com
緑色の「Code」から、「Download ZIP」を選択。
zipを解凍したら、Juris-Mの保存先フォルダを開く(デフォルトだとCドライブの「ユーザー」以下に入ってるはず)
そこにさっき解凍したファイルをぶちこむ。
このやり方で合ってるのかは知らない。でもとりあえず動いてくれるのでOK。
動作テスト:Wordでの引用&文献リスト作成
最後に挙動確認として、Wordでの引用&文献リスト作成をしてみる*4 。
引用のやり方
WordとJuris-Mを起動する。
Wordの「Zotero 」タブを選択。
「Add/Edit Citation」を選択。
フォーマットを選択。
社会学 評論スタイルガイドはデフォルトで入っている。なお引用フォーマットは自分で作成することもできる。
そしたら赤い枠の検索窓みたいなのが出現するので、そこに引用したい論者の名前を入力。
引用したい文献を選択すると、文献割注を挿入することができる。
括弧内の部分を出力してくれる。
ただし日本人の筆者を引用する場合は若干作業が異なる。検索窓に日本人の名前を打ち込んでも反応してくれない。これは仕様らしいので仕方ない。 「M」のアイコンをクリックし、「クラシック表示」から引用したい文献を選択する必要がある。
「Mのアイコン」というのはこれのこと
文献リストの作成
文献リストを挿入したい箇所にテキストカーソルを合わせておく。
「Zotero 」タブから、「Add/Edit Bibliography」を選択。
おわりに
Juris-Mのような「非欧米圏における人文・社会科学系の研究環境に対応した文献管理ソフト」は、日本の文系研究者にとって革新的な存在と言っていい。
しかし現状、この神ソフトの存在はほとんど知られていない。文献管理ソフトといえばMendeley、EndNote、Zotero 、Paperpileの4択、というのが現在の相場だ。
それではあまりに勿体ない。
偶然にもこの記事にたどり着いたみなさん、ぜひ一度Juris-Mを試してみませんか。